広告主と広告会社の関係は変わったか

広告主と広告会社の関係は変わったか - Truestar Consulting Group

広告主と広告会社の関係は変わったか

爺の雑言13 – 広告主と広告会社の関係は変わったか 

 立命館大学教授小泉秀昭先生が3月末に退官され、4月からは同校特任教授/名誉教授として教壇に立たれる。その区切りということで「有機体的広告論」を八千代出版から出された。「デジタル社会に向けてのもうひとつの広告思想」の副題が示すように、これまでの広告思想を整理し、広告界の主流視点とは異なる考え方も示され、創造的広告をどう生み出していくかが述べられている。小泉先生は日本における「広告取引と広告会社への報酬」の分野では最高権威でもあることから、広告取引及びその報酬にも多くの頁が割かれている。小泉先生は爺がJAAの広告取引合理化委員長時代の盟友でもあり、最大の協力者でもあった。当時の西室泰三JAA理事長時代に広告代理店をパートナーとして広告会社と呼ぶように変わった時代でもある。パートナーであるならば、不透明なグロス取引ではなく、購買取引価格の原価ネットに正当な報酬を加えて支払おうという思想でもあった。グロス取引ではない正当な報酬としてフィー、コミッション、ハイブリッド、成果報酬などを紹介した。加えて、多くの広告者が広告会社と広告取引契約書を結んでない状態でもあり、小泉先生とは契約書についても語り合ったのを思い出す。 

良い広告会社と長期的関係を築く 

 広告主にとって望ましい広告会社とは何だろうか。「斬新なクリエイティブアイディア提供する会社」「効果的なコミュニケーション戦略の構築ができる会社」「革新的なアイディアやソリューションを生み出す環境と人材のある会社」など広告主が違えば、求めるものも違ってくる。良い広告会社を選び、良好な関係維持をはかることは広告主にとって重大なことである。良い広告会社は広告主あるいはブランドを勝者にする役割を演じることができる。それは究極的には、広告主の利益を上げることに結びつく。良い広告会社を選ぶ為にコンペをすることは必要なことであるが、コンペで一旦決めた相手としばらく(最低3年)は取引しないと、その広告主の能力が疑われる。 

 欧米の大手広告主は広告会社をコンサルタント的扱いで「問題解決のプロ集団」と見ている。その関係は相互成長を目指すパートナーの関係であり、優れた広告会社とは継続的に専属で良好な関係を維持しようと努めている。そこに1業種1社の取引関係も生まれ育っていった。 

 良い広告会社との長期的な関係を築くことができると、互いの信頼からお互いへのロイヤリティも高まる。パーフォマンスの向上ができると継続的ビジネスが促進されることにもなる。広告会社は広告主の製品情報を常にアップデートし、施策の失敗からの学びもあり、マーケティング上でのコストと時間をも短縮できる。何よりもコミュニケーションを良くすることで、お互いが相手に何を期待しているかを日々交換もできる。広告主と広告会社の健全な関係を機能させるには、広告主からの情報が適切に広告会社へ伝わり、広告会社が正しくそれを理解する担当者間のコミュニケーションが重要となる。そこには互いの信頼関係が存在してこそコミュニケーションも上手くいく。 

 コンペで新しい広告会社に変えるリスクとしては、新しい広告会社を決めるまでには多大な時間を要し、新しい広告会社にはオリエンテーリングや教育が必要になる。新しい広告会社は広告主ビジネスやシステムに不慣れであり、移行期に不必要なことが起きるリスクもある。新しい広告会社のポテンシャルは高いかもしれないが、失敗の確率も高い。故に、広告会社との長期的な関係継続にはメリットがあるとも言える。半面、広告主と広告会社が切磋琢磨する関係がなければダラダラの関係継続にもなるリスクも存在することも忘れてはいけない。 

フィー報酬は日本人には向かないのか 

 パートナーとは言え、広告会社は広告主からの報酬を得るあるいはお金を稼ぐための関係でもある。広告会社への報酬制度の基本は、広告会社を鼓舞するに十分なモチベーションを与え、「コスト効果とフェアネスのバランス」をもって広告主と広告会社の両者のビジネスが成長し促進するものでなければいけない。そして価値ある仕事をする人には十分な報酬を支払うという精神は欠かせない。 

 フィーはコミッションに比べてサービスに見合った報酬が支払われることで、より公平性が高いが、広告会社の作業内容や見積が適正かなどの判断作業が広告主に発生し、管理の難しさがある。ディレクションを正しくするなど広告主が優秀であれば、広告会社の作業時間を短縮できコスト効率も上がるので広告主にはメリットも多くある。他方、広告会社にとっても、作業内容の詳細書類の提出や取決めに時間を取られるなどの手間はあるが、確実に作業に見合った報酬と利益を得られる点で魅力がある。しかし小泉秀昭先生が「有機体的広告論」の第3部で『フィーシステムの報酬では「問題志向」であるということがいえる。問題志向とは、確認された問題に対して業務を行うだけで、能動的に新しい仕事に挑戦するといった動機は小さくなるという意味だ。はじめに決められた業務内容について、そこに割り当てられた仕事を決められた人数で広告代理店が行えば良いわけである。』と記されているように、フィー報酬では広告会社のチャレンジ意識は高まらない。 

 前回の「ネット時代の広告会社への報酬」にも書いたが、全広告活動費から広告会社が成功するチームとして必要な報酬額を広告会社に決めさせる方式は、ネット広告の拡大による広告会社の日々の予測できない作業量も多く、管理業務全般にも多くの時間を割かなければならない現状からの提案だった。加えて、FTE形式フィー報酬が日本人の労働の仕方に向かないのではとの疑問もあったからだ。チームフィーに近い考えであるが、広告会社が自主的に決めれる点で少数精鋭で稼げるチーム作りも可能となる。 

 日本は主要7ヵ国の先進国の中で「最下位の労働生産性」だ。労働生産性とは投じた従業員の数や業務にかかった時間に対するアウトプット(企業の売り上げや利益、付加価値など)の比率だ。なぜ労働生産性が低いのか、その理由には多くの企業に根付いた体質的な残業時間の長さ、上司より早く帰ることができない、他の人がまだ働いているから残るという意識などがある。だから通常の業務時間内に仕事を全て終わらせるという意識も薄くダラダラと勤務時間を過ごしてしまうことになり、結果として時間効率の低い生産性となってしまう。さらに年功序列によりどれだけ効率よく仕事を行い、企業の生産性を高めることに貢献したとしても、若いうちは相応の給与をもらえない。そして日本企業での働き方は個人で働くよりもチームで一つの仕事をこなすことことが多く、自身の業務ではない他人の業務にも時間を割く必要が生じるため、その分の時間が無駄になってしまう。広告会社の仕事もご多分に漏れず3Kと言われた労働条件でもあった。夕方に「明日の朝までに」と広告主に依頼されれば、残業してもやらざるを得ない主従の関係では労働生産性は上がらない。フィー報酬は少ない時間で成果を上げなければ効率は良くならない。効率を重視した働き方ができにくい日本人あるいは日本企業にはタイムシートによるフィー報酬は向かないように思えてならない。一方で広告主にとってもフィー報酬は広告会社からのタイムレポートをチェックしFTEや金額の交渉している時間は生産的ではない。 

日本の広告主は原価開示への戦いに敗れたのか? 

 フィーなどの報酬制度改革の拡大と共に広がったのがセントラルメディア化(メディアAOR)である。マーケティング戦略立案やクリエイティブ開発に適正な報酬を払う代わりにその原資をメディア手数料から捻出し、広告主が支払う広告費はトータルでは変わらないようにする考えかたが源流にはあった。それは“作業の量と質”に応じて広告会社に支払う報酬を適正に配分するということだった。残念ながら、広告会社を効果的に働かせるためのこの制度と精神が正しく理解されなかったようで、一部の大広告会社は従来の“儲けの構図”から脱却できず、また多くの広告主も“手間がかかる”、“正しい価値を評価できない”などでフィーではなくグロス取引を継続させていった。さらに悪いことに多くの広告主は、セントラルメディアバイイングやメディアAORを、メディア購買を競合させることで“広告費を削減できる仕組み”や広告会社に支払う“媒体費を安く買い叩く方法”と勘違いをしてしまった。このことが価値を生み出す人たちに正当な報酬を稼ぐシステムを遠のかせたともいえる。加えて、本来メディア購入におけるネットコスト(原価)の開示が正当な報酬支払の条件にも拘らず、大手広告会社の抵抗で広告会社営業部門の「売上台帳」(呼び方は広告会社ですこし違うかもしれない)の一部開示でお茶を濁してしまっている現実がある。大手広告会社からすれば、広告主に譲歩したとしているが、爺から見れば、日本の広告主が原価開示の戦いに敗れたようにしか見えない。そこには原価開示を当然としていた外資広告会社がテレビCM購入から手を引いた、いや引かざるを得なくなった背景も存在する。 

 広告主として十分な原価開示が得られないのであれば、媒体購買ではメディアオーディットを定期的に入れ、購入価格の正当性を確認する必要がある。メディアオーディットにより効果効率の悪い購買が続いている場合、媒体購買においてはメディア購買AORでのコンペを活用するのも一案ではある。頻繁なコンペには爺は反対だが、正しい原価開示ができない不備を補うためにコンペをすることもひとつの解決策でもあるだろう。 

 

 今回は小泉秀昭先生の「有機体的広告論」出版に刺激されたわけではないが、「広告主と広告会社の関係は変わったのか」について記してみた。爺がJAAの広告取引合理化委員長時代とは時代も変わり、爺の考え方も広告主寄りからは広告会社にやや優しくなったかもしれない。だが、広告主と広告会社の関係が上手くいくことへの情熱は変わっていないつもりだ。  

 広告主にはマーケティング予算上のプレッシャーがあり、広告会社のサービスコストにも焦点が当たっている。さらに宣伝部に代わって購買部の関与が広告会社費用のコストカットへと突き進んでいく。それは購買部が評価される一番のポイントが、「いかに安く買うか」だからである。これに対して、宣伝部には「質の担保」「効果効率の確保」「広告効果の最大化」といった点が重要になる。 

 コストカットだけではWin Winの関係は構築できない。“広告会社の人たちが効果的に働いてもらう”には彼ら(広告主ができない分野に対して能力が優れた人達)に正当な報酬を支払うことが一番だと思う。広告会社への理想の報酬制度の基本は、広告会社を鼓舞するに十分なモチベーションを与え、「コスト効果とフェアネスのバランス」もって広告主、広告会社ビジネスの成長を促進するものでなければいけないのだ。勿論、無駄な作業を減らし、広告会社には価値ある仕事をしてもらわなければいけない。だから広告主は広告会社の仕事においてムダはないか、ムリをさせていないか、ムラのある仕事になっていないかを評価していかなければいけない。他方、広告会社も同じ視点で自己の評価をすることが大切だ。そこには「費用の最大活用の理念・大義」が求められてもいるのだ。