常識なんてぱっと変わる

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常識なんてぱっと変わる

爺の雑言11 – 常識なんてぱっと変わる

ドイツで16年間首相を務めたアンゲラ・メルケルさんのトレードマークともいえる胸の下に手を置くハンドジェスチャー「メルケルの斜方形」をアップにしたビジュアルと「男でも、首相になれるの?」というキャッチコピーに目を奪われた。1月6日の見開き30段の宝島社の新聞広告だ。久しぶりにコピーまでしっかり読ませるナイスな広告だ。「わずか16年で、常識なんてぱっと変わる。さあ2022年。」解決が難しいと思われるジェンダーや長老政治、働き方改革などの課題は我々が重い腰を上げることでその常識が塗り替えられると伝えている。そうだ今年こそ、脱男社会、脱長老、脱世襲、脱茹でガエル、脱炭素、脱先送り、脱コロナに進んで欲しいものである。世界を見渡せば、メルケルさんだけでなく女性リーダーは、過去には英国のサッチャーさんもいたし、今も女性リーダーの国が安定しているようにみえる。もともと英国はエリザベス女王だ。直系の女性天皇さえ答申にあがらない国のどこにジェンダーを語れるのだろうか。

オミクロン株によるコロナの再拡大は避けられないようだ。岸田政権は誕生から順調に船出したように見えるが、実態は、コロナ1日100万回のワクチン接種による高接種率やデジタル庁設置、携帯電話料金値下げ、不妊治療の保険適用など「成長と安心」のために黙々と畑を耕し、種を植えて去った菅前首相の「菅遺産」を実る前に食べはじめているように見えるのは爺だけだろうか。特別給付金の10万円配布方法やワクチン3回目ブースター接種日程などの決定までコロコロ変わる岸田首相。それは臨機応変なのか優柔不断なのか。コロナ禍の緊急事態にあっては「殿、素早いご決断を」と言いたくなる。

岸田政権のうたい文句「成長と分配」で日本の経済と国民の幸せを復活できるのだろうか。「分配」には「成長」が必要で、その成長には「生産性」を上げなければならない。何よりも税を納める企業を増やさなければいけない国家国民は豊になれない。日本企業の黒字申告割合は3割に満たない。多くの企業が企業理念などで社会貢献をうたっているが、企業の社会貢献の第一歩は、利益を上げ法人税を納めることだ。「日本の企業の多くがNPO(Non Profits Organization=非営利団体)」と海外で揶揄されるようでは日本の復活はありえない。賃上げのため法人税を下げるなどの愚策は必要ない。企業が利益を上げ、株価や社員の給与を上げることは経営者の責任である。安価な工業製品の大量生産販売モデルから高付加価値製品販売モデルに転換できず、設備投資に資金を回すこともせず内部留保を増やすだけのダメ経営者が長く居座ってはいけない。先を見据えることができる40―50代の経営者に道を譲り舵取りさせることが今まさに求められる。国の歳出増大が続く中、法人税増収のためにどのような経済政策を岸田政権は示すのか。「新たな資本主義」とは何なのか、その具体的な戦略策定を示しアクションに移してもらいたいものである。

サントリーの45歳定年論やフジテレビの早期退職募集そして電通の個人事業主支援など一部の企業は生産性を上げるための動きを見せている。プロの経営者なら業績の良し悪しにかかわらず、デジタル化などによる経営の効率化で、日頃から社員数を適正にしておくこともできたはずである。例えば、バブル期大量入社社員の縮小化や配置転換を速やかに行い、少人数の就職氷河期入社組み社員に活躍の場をもっと与え生産性を上げる方向に舵を切ることは必要になる。日本型人事制度(年功序列)とメンバーシップ型雇用から性・年齢に関係なく成果報酬型に切り替え、ジョブ型雇用に変えなければ世界とは戦えない。そしてサラリーマンもその報酬を時にはドル換算して自分の価値を世界と比較し、自分の売りは通用するのかを考えてみる必要があるのではないだろうか。

主戦場は移った?

ボクシングWBAスーパー・IBF世界バンタム級王者の井上尚弥の世界タイトル防衛戦はテレビ放送がなく、インターネット配信サービス「ひかりTV」と、インターネットテレビ「ABEMA」が展開する、ペイ・パー・ビュー(PPV)と呼ばれる課金放送方式で約4,000円を払って見ることになった。井上尚弥選手のファイトマネーが高騰し、その放映権料も上がり、米国では当たり前になっている「稼げるスターは高く売る」ボクシングビジネスモデルが今回は採用されたのだ。そうなると広告による放送局ビジネスモデルでは放映権料を賄えない。しかも大衆相手のテレビと格闘技視聴者の視聴状況の違いもあり、高い放映権と稼げる視聴率を天秤にかけた結果でもあろう。井上尚弥側が今年4月に予定している次戦「世界バンタム級3団体統一戦」の放映権を巡っても「ひかりTV」と「ABEMA」に加え「Amazonプライム」が参戦するようで、すでに配信会社間での争奪戦が起きている。

Amazonプライムビデオは既に海外では主要なスポーツライブの配信を行っている。日本ではまだスポーツの分野に進出していなかったが、昨年12月29日のWBA世界ミドル級スーパー王者の村田諒太(帝拳)とIBF世界同級王者のゲンナジ―・ゴロフキン(カザフスタン)の統一世界戦を初の試みとして配信する予定であった。しかしオミクロン株流行の影響で、試合は延期となってしまった。米国を中心に海外では、ボクシングのビッグマッチの主流は、巨額のファイトマネーを産みだすPPVで行うとビジネススタイルが確立している。一方、日本ではお金を払い映像でボクシングを見るという文化が定着していなかった。だが、これからは、日本でもスター選手のボクシング試合を見るにはPPVという流れになっていくのであろう。村田vsゴロフキン戦は延期となったが、その試合も今春にも予定されていて、Amazonプライムは引き続き配信する予定のようだ。

ボクシングのみならず、地上波からは多くのスポーツ放送が姿を消しつつある。前回にも書いたが、サッカーW杯アジア最終予選のアウェー戦を見るには、月額1,925円かかる「DAZN」(ダゾーン)との契約が必要になった。また女子ゴルフの国内ツアーを日本女子プロゴルフ協会は、今年から放送権を一括管理する方針を示し、放送権を映像配信業者らに独自に販売するようになった。スポーツはテレビ局が放送するという今までの常識が、価値あるスポーツはお金を払って見る時代に変わってきたのだ。

再び「NHKは必要?」

第72回NHK紅白歌合戦の史上初めて世帯視聴率瞬間最高が40%台を割った(39・3%:関東地区、ビデオリサーチ調べ)。NHKの狙いは「カラフル」というテーマで、多様性に向けた取り組みの強化と若い視聴者層の拡大であった。紅・白組に分かれて歌を競うのを薄めることのどこが多様性なのかは理解できない。運動会のように、ジェンダーに関係なく紅白に分けて競えばいいだけではないか。ましてやNHKが若い視聴者層の拡大を目指していることなど知ったことではない。視聴者層の年齢が高いのはNHKだけの問題ではない。受信料を強制的に従順に納めている層からするとテレビにほとんど出たこともないような初出場歌手などお呼びではないのだ。課題だった歌手の世代交代にも成功したとNHKは言うが、視聴率を落としたことの何が成功なのか。「皆様のNHK」を言うなら、長く受信料を納めている視聴者を大事にせよと言いたい。

(株)ドン・キホーテがAndroid TV機能搭載のチューナーレス・スマートテレビを発売した。Android OS搭載で、NetflixもAMZON PrimeビデオもYouTubeも楽しめる。HDMI端子を3機搭載しているので、スマホやゲーム機、PCも接続ができる。チューナーレステレビなので、当然のことならNHKを視聴できない。だからNHKの受信料を払う必要がないのだ。「チューナーが入っていないスマートTVに関しては『受信料を支払う必要がない』というお答えをNHKからいただきました」とドン・キホーテは言う。NHKを見ない人はこれなら受信料を払う必要がない。民放を見たければ、ネット配信TVerを通して見ればいいのだ。他にもチューナーが入っていないPCモニターにファイアースティックを挿したら、ほぼこのチューナーレス・スマートテレビと同じになるのでNHK受信料拒否派にはお勧めだ。但し、「レコーダー」を設置した場合はNHKが視聴可能になるので受信料は獲られることになる。もちろん他にテレビ機器を所持する世帯、TVチューナー内臓の機能を備えているスマホの場合にも「NHKを見なくても」受信料を支払う必要がある。これって今の時代に会っているのだろうか。NHKは見ないけど受信料を取るという変な常識も変える時が来たのではないだろうか。

昨年春のNHKの「受信料値下げ問題」は棚上げされている。国民が平均で1週間に数分程度しか見ない現状と今後もNHK番組視聴の時間は減りつづけると予測されている中、NHKの受信料はそのまま据え置きでいいのか。同時期に問題になっていた「放送法改正案」もすっかり忘れられてしまっている。そして「NHKの在り方の見直し」も沙汰やみになっている。総務省よ「有識者会議」のメンバーを変えて国民の望む形にNHKを変えようではないか。「NHKの在り方」の見直しも若者世代にまかせようではないか。公共放送だからどうしても受信料を取るというのであれば、娯楽番組は止め、真の公共番組といえるコンテンツに絞りこみ受信料を500円程度に下げるべきだ。若者向けコンテンツはネット配信に移し民放と一緒の共通プラットフォームで動画配信したらよい。これが放送から通信へ移行する現在の状況にふさわしいやり方ではないだろうか。

しのぎを削るネット動画ビジネス

動画配信サービスの勢いが止まらない。コロナウイルス感染拡大による巣ごもり需要も追い風となり、動画市場は加速度的に成長している。NetflixやAMZON PrimeそしてU-NEXT、Huluなどの各社は新規会員や魅力あるコンテンツの獲得をめぐりしのぎを削っている。

昨年11月30日に放送批評懇談会が開催したオンラインセミナー「Netflixと考える日本初作品のこれから、メディアの未来」では、「何故、Netflixが日本で成功してきているのか」がよくわかる内容であった。セミナー内容を記すことが禁じられているのだが、要点を記すとコンテンツを主軸に戦略を考える「コンテンツファースト」と日本発作品の強化が柱にある。世界を市場としてその豊富な資金力に加えて作品の作り手を最大限サポートする「働く環境の見直し」「実現したい映像を可能に」「才能の発掘」など「クリエイティブフリーダム+クリエイティブエクセレンス」で「世界に届ける発信源」となるように力をいれている。プロダクションはあくまでも番組を制作する企業として、長らくテレビ局の受注先として存在し続けていたが、ネットフリックスは、プロダクションをテレビ局の受注先としての存在から脱却したビジネスパートナーとして見ている。加えて、テレビ局も競争相手ではなく、テレビ局の制作力を評価し、そのコンテンツをNetflixが世界に広げるウインウインの関係にも力を入れている。

「画面が小さいスマートフォンより、画面が大きいテレビのほうが動画平均視聴時間は長い」と言われている。NetflixもAMZON Primeもテレビ画面で見た方がよりスケール感や迫力が伝わってくる。どんどんテレビ放送番組の視聴時間は削られる。そこには起動しやすいテレビリモコン上のスタートボタンの存在がある。ソニー、パナソニック、東芝、シャープの国内大手メーカー4社の最新機種では動画配信会社のスタートボタンが6つ程ある。中でもNetflix、AMZON Primeビデオ、ユーネクスト、Hulu、ABEMAの5サービスは全機種を制覇していると聞く。これがこれからの動画加入シェアを決めるポイントになるかもしれない。YouTubeやParaviなども加わり搭載スタートボタン設置戦争は激しくなっている。この点でもテレビ局が運営する動画配信サービスは遅れを取っている。

マイナンバーカードCMは誇大広告にも見えてしまう

「うそ」や「大げさ」な表現で消費者に誤認を与える広告を「誇大広告」というが、「マイナンバーカードの普及促進キャンペーンCM」はまさに誇大広告に爺には見えてしまう。総務省は現在、『マイナンバーカード普及促進キャンペーン』として多数のCMを打っている。「そろそろ、あなたも。マイナンバーカード」で佐々木蔵之介さん、田中みな実さん、黒柳徹子さん、柔道の大野将平選手が日常の一コマでマイナンバーカードをPRしているのだが、マイナンバーカードを持つメリットって何なのかが本当に伝わってこない。実際マイナンバーカードを持っている爺にも昨年までのメリットって5000ポイント貰った時くらいで他には実感がなく、確定申告以外で使ったこともない。多くの人が田中みな実さんのCMのように「メリットを感じてなくてまだ持っていない人」そして「メリットを感じなくても持っている人」なのだ。田中みな実さん出演の「メリットを知る」篇では、メリットをちらりと羅列しているが、それがどうしたと言うほどのメリットでしかない。出演タレントには問題はないし、クリエイティブ提案者にも問題はない。クリエイターは総務省のブリーフを受けて尖る作品提案をしただけだからだ。マイナンバーカードのメリットをうたいカードの普及促進キャンペーン広告作成を依頼し、この作品を採用した側の感性が少し受ける側の国民とは違うように思えるのは爺だけだろうか。

事業者が商品やサービスを宣伝するとき、より良く見せるため実際の商品とかけ離れているような広告は、「誇大広告」として景表法などに違反する可能性がある。テレビ局のCM考査に引っかかることのないように広告に携わる人が一番注意するところでもある。マイナンバーカード普及促進CMが「テレビ局のCM考査をパスしているのだから、いいじゃないか。ガタガタ言うな。」と言う向きもあるだろうが、だったら堂々と国民が納得するメリットを掲げてやってみろと言いたくもなるのだ。今年になって国内だけでなく、パスポートと連動して外国でも使える「ワクチン接種証明アプリ」がマイナンバーカードを通して簡単にとれるようになったのは爺にとってはメリットであった。しかし、マイナンバーは国民につけられているのだから、(本人証明の手間を少し必要としても)、カードなしで取れるアプリにしても良かったのではないだろうか。それこそが国民の為の行政だ。ここにも役人の常識を変える必要が存在する。

他にもいろいろな分野に常識を変えなければいけないことが存在する。はたして今年、常識とされるもののどれだけを変えられるのだろうか。コロナ禍だからこそ変えるチャンスではないだろうか。